村崎百郎


村崎百郎

村崎百郎(むらさきひゃくろう 本名:黒田一郎 1961年生)
 [作家/編集者]


 北海道生まれ。雑誌「ガロ」1993年10月号の特集「夜、因果者の夜」での漫画家の根本敬によるゴミ集めについてのインタビューで「村崎百郎」としてメディアに登場。この際に「工員」と名乗り、「工員風の似顔絵」つきで紹介されている。続けて『宝島30』1994年8月号でも根本敬の連載「根本敬の人生解毒波止場」で33歳の工員としてゴミ集めのインタビューが掲載された。

 そして1990年代の鬼畜ブーム・悪趣味ブームの中でライター活動を本格化させ、『危ない28号』(1998年〜1999年)に「世紀末鬼畜放談」と題したエッセイを連載。ミリオン出版刊の月刊誌『GON!』にも「魁・鬼畜塾」と題した連載を行った。悪趣味ブームの他のライターは記事は鬼畜だがライター本人はまともというスタンスであったが、村崎は自身も異常であるというキャラクターで執筆活動を行っていたのが特徴であった。

 公の場に登場する際や書籍等に写真が掲載される際には常に頭部をすっぽりと覆う紫色の頭巾(目のところに穴が開いている)を被って素顔を隠していた。

 2010年7月23日午後5時頃、村崎は読者を名乗る32歳の男性に東京都練馬区の自宅で48ヶ所を滅多刺しにされ殺害された。自ら警察に通報して逮捕された容疑者は精神病により通院中で、精神鑑定の結果、統合失調症と診断され不起訴となった。当初犯人は『電波系』(太田出版)の共同執筆者であった根本敬を殺害する予定だったが根本が不在だったため、標的を変更して村崎の自宅に向かったという。

 不可解なことに事件の一週間前から村崎は「もう俺殺されるから。きちがいに。電話も盗聴されてるから」「俺はこの部屋でキチガイに包丁で殺される、ごめん」と周囲の人間に語るなど自身の死を予言しており、それまで全く興味のなかった生命保険にも事件直前に加入していたことが後に判明している。また村崎が死の直前まで使っていた仕事用のパソコンには「ミズの中からさざ波を立てて移動しながら浮かび上がる十字架のイエス像」という文章が遺されていたという。

 事件報道で、本名が「黒田一郎」であることや、実際は北海道出身で、最終学歴は明治大学文学部卒業であり、ペヨトル工房に勤務していたことが公になった。漫画家の森園みるくは妻。村崎が原作で森園が作画を担当して共作で漫画執筆も行っていた他、森園のマネージメントや資料集めや食事の世話等でサポートをしていた。

  2010年7月23日死去(享年48)


<<重要なお知らせ>>

@peps!・Chip!!をご利用頂き、ありがとうございます。
@peps!・Chip!!は、2024年5月末をもってサービスを終了させていただきます。
詳しくは
@peps!サービス終了のお知らせ
Chip!!サービス終了のお知らせ
をご確認ください。



w友達に教えるw
[ホムペ作成][新着記事]
[編集]

無料ホームページ作成は@peps!
無料ホムペ素材も超充実ァ